北京オリンピック2022
「私は最初に最高のものを見てしまったんだ。そしてこれがきっと最後なんだ。」
4年前にぴょん落ちた時、そう思っていた。
インタで見せるやりきった顔、取るものは取ったという言葉、この人はもう競技の場を去るのだと思った。
過去の動画の大海原に身を投じながら、ああ何でもっと早く落ちなかったんだとぴょん落ち的悔恨に苛まれた。
それがどうだろう。
あれから羽生くんは何度も“最高”を更新してきた。ちっとも“最後”なんかじゃなかった。
4年。
オリンピックを2度制覇しほぼ全てのタイトルを持ち記録にも記憶にも大きく名を残すGOATと呼ばれる彼が歩んだ4年。
競技スケーターとしての最後の夢4回転アクセルに挑んできた4年。
あまりに多くのものを背負って挑んだ。
ダメージが蓄積された体で挑んだ。
一人夜中の練習を2年近くも続けながら挑んだ。
ただひたすらに「羽生結弦のアクセル」を目指した。
オリンピックで4Aに挑むのか、それとも3連覇に挑むのか。
プル様は4A挑戦を讃えつつ「北京で本当に3回目のオリンピック王者になってほしかった」と言った。
「ユヅルが試合に出るということは勝つために出るということ」と語っていたプル様らしい。
しかし羽生くんは“どちらか”なんて考えはなかったはずだ。羽生くんにとって、その2つは=だった。本気で2つを獲りにいった。
そう、オリンピックで4Aに挑めるのもオリンピック3連覇に挑めるのも羽生結弦しかいないのだから。
そしてこの舞台で、「僕の全てだった」と言えるジャンプを跳んだ。
初めてプロトコルに載った4Aの文字。
「4A<」
qだろうと言う人もいた。
あと、ほんのちょっと。
本田先生は“成功に足りなかったものは日数”と分析されていた。
何かきっかけ一つで跳べるようになることもあるのだろうが、やはり多くは試合での経験が必要なのだろう。
次の、もしくはその次の試合には決められるんじゃないかと言う解説者もいた。
Dreams on Ice 回顧録
2021.7.11。初めてのKOSE新横浜スケートセンター。
激しく掻き鳴らされるギター音から始まるイントロ、オペラ座の一節に空気が変わった。
羽生くんはスタートポジションからの一漕ぎで早くも会場を支配した。しかし、その圧倒的場の掌握力からは想像もできないほど、目の前で繰り広げられる彼のスケートは滑らかなものだった。一つも雑味がない。滑ってステップを踏んでスピンを回ってジャンプをして、間に細かいエレメンツを配して、と文字にするとぶつ切りになってしまうものが、見ているものは全く途切れるということがない。一本の糸で結ばれているのだ。しかもシルク糸のような、優雅でしなやかな一本の糸で。
2年前のどうしたって感情が爆発するあの激しいマスカレイドではなく、一言で言うと、“余裕”だったのだ。2年分大人になった故の余裕か、2年分更に向上したスケート故の余裕か。そのどちらもなのだと思う。余裕を感じるからと言って、じゃあ演技は淡々としているのかと言ったらそうではない。リンクは熱で満ちていた。余裕と情熱、一見すれば矛盾しているかのような両面を今の羽生くんは併せ持っているということだ。激しさを内包しながらもそれをコントロールできるようになったのではないだろうか。この2年の、普通の人ならばごちゃごちゃに絡ませてしまうことしかできないような“ありとあらゆる経験”を、ああ、羽生結弦という人は見事に一本の極上の糸に仕立て上げたのだなあと涙が込み上げてくるのだった。
だから、だからあの咆哮には本当にびっくりした。美しいタノディレイドアクセルジャンプのあとギターの音が止みToshIさんの歌声だけが響いてるところを切り裂くように耳に届いた叫び。語弊を恐れずに言うならば、決して綺麗な叫びではなかったのだ。「あー‼︎」でも「うおー‼︎」でもない、文字にできない生々しい叫びだった。本当に羽生くんの声だったのかも自信を持てないほどだった。持てなさすぎて、実は終演後Twitterで確認した。「叫んだ‼︎」「魂の叫び‼︎」と怒涛の如く並ぶツイを見て「ほんとに羽生くんの声だったんだ…」となったのだ。CS視聴組の声を頼りにする現地組w
それほどにあの咆哮は、直前まで見せていたスケートからすれば異質だった。
羽生くんにしても予定調和のものではなかったのかもしれない。あの瞬間、コントロールのタガが外れ放出された自我。伸ばした手。その手を力強く自分に引き寄せた。そしてラスト、これまでリンクに叩きつけてきた手袋を高く放ったのだ。それはまるで、羽生結弦第◯章(もはや何章かわからない)のスタートを意味する号砲のようだった。
これまでは願いを込めた言霊だったかもしれない。勿論、出来る人は羽生結弦しかいないと思っていたけれど。しかしこの日をもって確信した。号砲が鳴ったんじゃない。自ら力強く鳴らしてみせた羽生くんに確信した。
羽生結弦は今季4回転アクセルを成功させると。やっぱり羽生結弦しかいないと。
これは何も感情的に言っているだけなのではなく、根拠があってのことで。
私はスケート素人だが、素人でもわかるほど3Aに“余裕”があるのだ。え?これ3Aですか?もうこのまま4A行けますよね?的な、羽生くんてやっぱり羽が生えてるんだねと納得してしまう、どこまでも飛べて行ってしまいそうに高く大きいジャンプ。なのにブレない軸(特に3日目)。あ、今足をほどきましたね、こうやって回転を止めるんですね、と教科書になる正しい技術。バリエーション豊富な出入りの工夫。
ほら、やっぱり羽生結弦しかいない。そしてその時は、近い。
「競技スケーターとしての人生をかけた最後の夢。」
その夢を見守れる今があることに感謝しかない。どうか、健康で。
(下書きに保存していながらアップしていなかった記事…。記事の鮮度とは…?汗)
国別対抗戦2021私感
「今ここに立てて言葉を発してこうやってスケートができることが嬉しく思いますし、何よりも、やっぱりスケートを滑ることこそが僕がここにいる生きている意味なのかなって感じるくらい本当に幸せでした。
一生懸命どんな状況でもがんばっていきたいと思います。」
一年前は、あんな形で突然シーズンが終わるとは思っていなかったし、一年後もまだ困難な状況が続いているとは思いもしなかったけれど、
北京五輪を前にした今シーズンの最後にこんな言葉を聞けるとも思っていなかった。
国別対抗戦2021。
思えば最初はホワホワしていた。
花試合って聞いてたし、皆被り物してフォーフォー♪してるイメージだったし、羽生くんは『餃子イチゴプリン』とか言うし。
“好きな食べ物”に『餃子とイチゴとプリン』とか言うオリンピックチャンピオンいる⁈しかも2連覇中のオリンピックチャンピオンよ⁈
いないでしょ、いないいない。そうそういてもらっては世の中の道理が通りません。
国別対抗戦HPにある出場選手紹介。
このアンケート、まさか紙で提出してないだろうが、羽生くんにはアンケート用紙に手書きで書いてほしいという謎の願望がある。
何かを書く時の小首を傾げるあの姿勢で(左傾きか?)「んっと、、」って言いながら、『餃子とイチゴとプリン』って書いてほしい。
でそれを見て、“苺”じゃないの何かわかる、でも“いちご”じゃなくて“イチゴ”なんだ、それはちょっと意外♪って秘密の(?)発見をしたい。
…てな具合にホワホワしていたんだ。
していたんだけども。
同じ選手紹介ページに「憧れの選手:内村航平選手」を見て、
その後放送されたインタビューを見て、
ホワホワは一旦お預けになった。
内村航平、そう、体操界のレジェンド内村航平。
言わずと知れた、羽生くんが公開私信を送り合ってきたあの内村さんだ。
(余談だが、内村⇄羽生の公開私信、「もうyou達早く対談しちゃいなよ」と誰もが思ってると思うwその方が色々と手っ取り早いw
なんだけど、公開私信っていうのもいいんですよね。本人が目の前にいないからこそ語れる本音があるのもまた事実というか。「すっごいプレッシャーも期待もかけますけど頑張ってくださいキラン✨」なんて対面ではなかなか言えない。いや羽生くんなら言えるかな?その本音から伝わってくる相手へのリスペクト、少しの照れ、はにかんだ笑顔、それが共に五輪二連覇中の現役アスリート、っていうのがね…終わりなき公開私信プライスレス)
羽生くんと同じ五輪二連覇中であり、30歳を超えてなお、体力気力の限界を超え高難度の技を習得して己の体操道を邁進し続けている内村さん。
H難度の大技ブレットシュナイダーへの挑戦を「人に勝つことじゃない。己との戦い」と語っていた。
競技は違えど、共鳴し合うもの。競技と言う枠を超えたもの。何を見せ何を表現し何を残すのか。フィギュアとか体操とかはあくまでもそのためのツールでしかないと言うような。
そして国別開催直前に放送されたインタビュー。
とても印象的だったのが「納得したい」と言う言葉だった。
「4Aを飛びたいっていう理由の根本は“納得したい”なんですよね。
胸を張って最高の羽生結弦と言うところにたどり着きたい。
最終目標に4Aを含めた完璧な形のプログラムそこを表現しないと自分自身納得できない」
“最高の羽生結弦”、おそらくそれは端から見れば今までに何度もあった、何度も。ニース、ソチ、2015NHK杯、ヘルシンキ、平昌etc。
2020全日本を見れば、今だって最高を更新している。
そんな羽生結弦が自分で自分に納得したいんだというのが、とんでもない才能にとんでもなく強い意志を宿しとんでもない高みに到達した人が到達した先に見る景色なのかもしれないと思った。
穏やかな顔と声で語ってくれたけど、その景色は穏やかとは程遠いんだろう。轟々と風が吹き荒れているのか、炎が燃え盛っているのか、しんと静まり返っているのか。
羽生くんにしかわからないけれど、そこでもきっと下を向いてはいないのだろう。笑っているような気さえする。
そう思ったのが、フリーの翌日エキシビションの練習で見せた4Aチャレンジ。
着氷とはならなかったものの本人が言う“あと8分の1”を確かに見せてくれた。
その姿はがむしゃらだった。
ソチオリンピック前まだ仙台で練習していた頃の映像で見た、何度も何度もジャンプを飛んでどれだけ失敗して氷に叩きつけられても何度も何度も立ち上がっていたあの頃のようながむしゃらさ。
4Aラストトライに向かう羽生くんは久しく見せなかった猛禽類のように鋭い目をしていた。
右手が何かを掴もうとするかのようだった。
いやあの右手には実際に何かが握られていたのかもしれない。羽生君にしか見えない何か。掴めそうな何かが。
その右手に、続けてジャンプの軌道の方向に鋭い視線を向け右手を下ろした次の瞬間、羽生くんは笑った。
ああ、この人はどんなに達観しようとやっぱり下を向いてなんかいない。
達観はしているのかもしれない。ISUにはそこん所をよくよく考えていただきたい。
それでも自分自身が胸を張ってこれが最高の羽生結弦と言える演技をするために、前を向き戦い抜こうとしている。
羽生くんが今季『天と地と』にたどり着いたのは必然だったのだと思った。
平昌で連覇を達成した後モチベーションは4Aだけと言っていたように、すぐにでも4Aの練習に取り掛かりたかっただろう。
しかし、2018〜19は怪我をし、2019〜20はフル参戦で、4Aにトライする時間がなかった。
それがこのシーズン奇しくもコロナ禍でじっくり集中してチャレンジできる時間がうまれた。
コロナ禍のこの1年が良かったはずはない。
失ったものもきっとある。
カナダにも帰れず1人での練習、様々なことを考え試合にも出れなかった今季前半。
苦しくきつかったはずだ。崩れ落ちそうになった。
それでも、そのきつい時間にとことん向き合い1人格闘してきたんだろう。
その姿があの4Aチャレンジだったのだと思う。
(そんなエキシビション練習後、コリャダくんとのグータッチは今大会個人的ハイライトの一つだった。)
翌日エキシビション。私は大阪に向かった。
新幹線で前の席にContinuesのトートバッグが見えた。人見知りの私はもちろん声をかけるかことなどできずに、ただ、手首に掛けた悲愴シュシュを見えるようにするのが精一杯だった。(気付いてほしかったらしい)
何ということか、会場のドアを開ければそこに羽生くん。エキシビション練習中。
「え…細…」
ワールドでのブランニュームキムキ羽生くんが記憶に新しかっただけに、まずそう思った。
胸筋は胸筋っ!、尻は尻っ!、太ももは太ももっ!、としてるけどいや細いやん。
決して体調は良くはなかったとのこと。
ワールドで見たあのバンプアップされた体は、体調が良く4Aの練習が積めていた証なんだなと。4Aの難しさたるや、いやもう、お願いしますよ。
『花は咲く』曲かけ練習。
もちろん他のスケーターさんも滑ってるのだけど、皆がリンク端にいて(たまたまか皆も見ようとしたのかはわからないけど)リンクには羽生くん一人、みたいな瞬間が一瞬あった。
それは短い時間だったけど、その一瞬が永遠かのような、空気がぎゅっと濃くなったのを感じた。練習でさえ、羽生結弦は空気を変える。そこには羽生結弦の世界がある。練習の一つ一つにも魂を込める羽生くんだからこそ。
そして、観客席へバンビのように軽やかな挨拶をして羽生くんは練習を終えた。
エキシビション本番『花は咲く』。
ワールドのそれより一層情感たっぷりに音のひとつひとつを色濃く同時にどこまでも柔らかく表現していた。
曲が転調しオケが入る前のスピンは、瑞々しい芽吹きからパッと開き凛と咲くに至る花のようで、
指田さんの歌う「花は、花は、花は咲く」の歌詞と相まってため息が出る美しさだった。
常々音楽を表現したいと言い、そこから何をどう受け取るかは受け手に委ねると語る羽生くんならではの演技であったと思う。
震災からの月日を思ったり、コロナ禍での月日を思ったり、自分の背景を重ね合わせたり、
この演技を見た人それぞれの思いがあり、それぞれがまた前を向いて進んでいく。
その中心に羽生くんがいる。
今季の最後に見せてくれた演技は、光、そのものだった。
この光の一粒になれて幸せでした…これだけの数のスマホライトが一つも揺れていなかった。
羽生くんが作り出す世界観に、その空間にもともとあったかのように。
特別なのに自然で静か。
夢のような時間でした。
そして冒頭に記した言葉。
あの言葉が聞けて幸せでした。
最後に…
日本代表フィギュアスケート部、最高でした!
この困難なシーズンに今出せる全てを見せてくれた全ての選手達に感謝を。
そしてそして…
羽生くん、今季もお疲れ様でした。葛藤の中、試合に出てくれて、羽生くんのスケートを見せてくれて、ありがとうございました。
国別ショートでの耐えながらも観る人をエンターテインさせてくれた3Aも、フリーでの無重力This is 羽生結弦な3Aも、エキシビションでの練習では苦戦していたけれど本番でしっかり決める本番力発揮の3Aも、全てがきっと来季に繋がる。
納得の笑顔がきっと待ってる。
どうか、どうか健康で。
世界選手権2021私感
ああ、あなたはこの境地に立って尚、そんな顔をするんですね。
悔しさが露わになった顔。
一瞬ではあったけど確かにそこにあった。
世界選手権2021 inストックホルム。
開催地スウェーデンの現状を考えれば中止でもおかしくはなかったが、無観客・バブル方式という形で実施された今大会。
羽生くんは、このコロナ禍で自分が参戦することに迷い、出発直前の地震によってさらに気持ちが惑いスケジュールも変更を余儀なくされながら現地に降り立った。
北京オリンピックの枠取りに全日本王者として最大限貢献することを一番の目標に。
つくづく思う。
羽生結弦という人は、今やとてつもなく大きくなった「羽生結弦」という存在から逃げずに、覚悟と責任を持って正面から引き受け、生きること自体で羽生結弦の存在を問い続けていると。
心身ともにギリギリの状態だったかもしれないが、公式練習、ショート、公式練習でのフリー通しと、好調さを維持しているように見えた。
が、フリー本番直前になって様子が変わった。
いつもの羽生くんではないことは、誰の目にも明らかだったと思う。
それでも、どれほど本調子ではなくてもジャンプは転倒も回転不足もなく、スピンもステップもレベル4を揃えた。
「細かいミスで抑えられたのは自力が上がったと思っている」と羽生くんが言った通りの演技を見せてくれた。
羽生くん、表彰台おめでとう。
3枠獲得、本当にありがとう。
(ゲッティさんお写真より。この左手が可愛すぎてだな…)
ジュニアでも頂点に立ち、シニアデビューからは10年を超え、怪我や病気がありながらも休むことなく戦い続け、何度も何度もオーサーが言うところの“マジカルモーメント”を起こし頂点に立ち続けてきた。
その羽生くんがまだ「満足させてもらえなかった」と言う。
「アクセル込みのプログラムの完成形を見せないとダメだと言われたような気がしている」と言う。
「それが今モチベーションになっている」と言う。
まだ自らは成長の途上にあると言っている。
4回転アクセルをモチベーション、と言うモチベーションは何なのだろうと思う。
全てを手にしてきたように見える羽生くんを、それでもまだ高い壁に向かわせるもの。
考えて考えて、たどり着く答えはやはり、とてもシンプルだ。
それは、スケートへの愛ではないだろうか。
自分を表現できるスケート、自分を成長させてくれるスケートへの、愛。
スケートを通して繋がることができた人たちへの、愛。
何より、スケートを好きだと思う純粋な気持ち。
凄い人だ。
自分の“好き”を極限まで磨き上げることのできる強さ。
だから思う。夢を叶えてほしいと。
都築先生は仰った。
「これだけスケートを愛している人間は他にいません。彼に成功させてあげたい気持ちがあります」と。
4回転アクセルはモチベーション、では羽生くんにとって勝つこととは?
平昌後の羽生くんが、自らの理想とするスケートと実際に付けられる点数との乖離に苦しんだことは容易に想像がつく。そこからジャッジへの諦め、勝ち負けにはこだわらないというような達観の域にあることも。
(技術と芸術の高難度での融合という、おそらくはフィギュアスケートの目指すべき姿を見せてくれている選手にそう思わせてしまうジャッジ、ISUの罪は重い。
彼らはフィギュアスケートをどうしたいのだろうか。
羽生結弦が競技者でいてくれる間に羽生結弦の全てを学ぶには、あまり多くの時間は残されていない、ということを彼らには言いたい。)
だが私はどうしても、フリー演技後のキスクラで一瞬見せた、あの悔しさが満ちた顔をなかったことにすることはできない。達観とは程遠い“人間羽生結弦”が溢れ出した顔。
その悔しさが負けたことへの悔しさか、思う演技ができなかった自分への悔しさか、そのどっちもか、或いはまた別の悔しさかはわからないけれど。
今大会“枠取り”を一番の目標にしていた羽生くんには、ひょっとしたら羽生くん自身思ってもいなかった感情だったかもしれない。
勝ち続ける羽生くんだから、強い羽生くんだから好きになったわけではない。勝つことが至上とも思っていない。勝っても負けても羽生くんが大好きだ。
ただ。羽生くん自身のために。羽生結弦という存在は羽生結弦のためにあるのだから。
あの表情が一瞬のものだったとはいえ、一瞬でもある限り、私はこれからも、4回転アクセルの成功と共に羽生くんの勝利も願っていこうと思う。
4回転アクセル込みのプログラムが完成した時、それは間違いなく「勝ちつつ価値のある」瞬間になると信じている。
全日本選手権2020私感
全日本選手権2020。
心のどこかで探していた。
淡い期待を抱いていた。
「ひょっこりいてくれるんじゃないか…安心感たっぷりのフォルムと愛敬たっぷりの笑顔で…ねぇ、ジスラン…!」と。
当然いなかった。
羽生くんは本当に一人だった。
コロナ禍での開催、コーチ不在、両プロとも新プロ、今季初戦が全日本、そもそも2月四大陸以来の生羽生。
もう、始まる前からてんこもり。
事実、試合前から主役は羽生結弦だった。
試合にエントリーしただけで新聞記事になるのだ。
私なら間違いなく逃げ出す。
よくぞ出てくれたと思う。
少し前の話になるが、
平昌オリンピック前に発行されたフィギュアスケート・マガジンに掲載された座談会記事。
オリンピック後の羽生くんに期待すること、という話の中で、
吉田記者が「平昌後コーチをつけずに一人でやっていく姿も見たい」と仰っていた。
私はそれを見てどきりとしたものだ。
これまでも個人競技のベテラン選手が
コーチの元を離れ一人で心境新たに競技に挑むケースをいくつか見たけれど、
その難しさを突き付けられることの方が多かったから。
一人で練習メニューを考え、一人で練習し、一人でその日の練習を分析し明日に繋げる。
長いスパンで計りピークを合わせる。
年齢が上がる分、当然若い頃と身体が違いリカバリー力も違うので、若い頃と同じ練習という訳にはいかない。
全てゼロから一人で積み上げていくようなものだ。
何より、その一つ一つの選択・決断が正しいのかがわかりにくい。
上手くいっている時はいいが、そうでない時に何をどう修正すべきか迷い、やり方を変えることにも勇気がいる。
やはり自分を客観視して助言をくれる目はそばにいてほしいと思う。
一人だと、それができない。
世界選手権が中止になって以降、そういう状況に羽生くんはあったわけだ。
“一人でやっていく”状況に。
もちろん全くの一人ではなかったはずだ。
リモートでコーチの指導は仰いでいただろうし、ご家族と、ご家族以外にもサポートしてくれる方もいただろう。
羽生くんほどの選手にコーチが教えられること、実は技術面では今はもうあまりないのかもしれない。
新しく習得しようとしている4Aも、成功例のない未知の技である以上、教えるというよりは一緒に模索するイメージか。
多くは、日々の微妙な身体と調子の変化をいかに変動幅を少なくコントロールするか、いかにピークを試合に合わせていくか、そばにいてコミュニケーションを取るとか、そういったことだろうか。
しかし、それがとても大きい役割なのだろうなと思う。
見守り「大丈夫だ」と「間違ってないよ」と言葉をかけることが。
だから、この数ヶ月の一人の練習は本当にきつかったと思う。
しかもコロナ感染対策に人一倍の注意を払いながらである。
「3Aもとべなくなった」
「もうやめようと思った」
「暗闇の底に落ちる感覚だった」
という衝撃的な言葉たち。
本当に、よくぞ、よくぞ出てくれた。
どん底まで落ちきったところから、
「うまくなりたい、覚悟して出るならいい演技をしたい」と発奮し
「やっと心から勝てたと言える演技ができた」と言えるに至ったのは、たまたまじゃない。
羽生くんの力だ。
たとえ一人でも、
これまでの、常に自分自身と深く対峙し、自分で考え実践してきた羽生くんがいるから。
羽生くんだから、一人でもどん底から上がってこれたのだと思う。
しかも最高の状態で。
それはもう、お肌もつるつるふくふくぴっかぴかだ。
信じられない完成度の演技だった。
心を揺さぶられる演技だった。
今ここに生きていることを実感できる演技だった。
2020年の今大会、コロナ禍で開催された全日本に、
羽生結弦はいなくてはならなかったのだと理解した。
圧倒的強さで勝利した“王”にしか届けられないメッセージがある。
今、世界にはそれが必要だった。
今大会の羽生くんを、後輩たちはどう見ただろうか。
刺激されないはずがない。
アスリートとして、男として、一人の人間として、憧れる全てがあると言っても言いすぎではないだろう。
憧れは強くなりたいと願うきっかけにもなる。そう、羽生くんはそうやって、
自分が強くなることで周りも強くする人なのだ。
チキンな私には痺れる状況だが、でも大丈夫。
羽生結弦は「俺はここにいる」と強く、さらに強くあり続けてくれる人だから。
(しかし、これほどの男が、見た目可憐な美女なのがほんと意味わからんすぎて大好きすぎる)
そして、遠く離れたクリケットの家族たちはどうだっただろうか。
きっと、見ていてくれたね。
一人でも一人じゃないと思える絆が、確かに
ある。
(ノーカンについてはもうね…ジャッジには、公平性とは何ぞやと問いたい…)
余談だが、今大会中の個人的ツボ。
・開会式会場に入場する際の、ダウンジャケット×スーツ姿。昨年N杯あたりから急にスーツ姿が垢抜けて焦っていたので(何を?)、「そうそう、こうでなくちゃ」と一安心。
・いつもより沢山聞けた仙台弁?アクセント。
・スケート研究してる時ってこうなんだろうな…と普段の姿が垣間見れた、キスクラでのモニター見ながらの一人喋り。
・隠しきれないご機嫌さ。いや隠さなくていい。羽生くんのパブリックイメージにはないかもしれないが、こういう所が人間っぽくて、ウチのゆづるくん可愛いでしょー‼︎って言いたくなるのである。
どうかずっとそのままのキミでいて。
26歳の夢を。
25歳のプログラム達、ありがとう。
白壁の前から沢山届けてくれた、25歳の羽生くんの想い達、ありがとう。
(超アナログな私の精一杯です…)
そして、26歳のお誕生日おめでとうございます。
今、何を見ていますか。
羽生くんの目には何が映っていますか。
(羽生くんの視線の先を知りたい…そんな気持ちが溢れたカスタムカレンダー。良き…)
私達はいつも幸せをもらっています。
応援できる幸せを。
ぴょん落ちた時は、ああ最初に見た最高の演技が最後なんだろう、と思っていました。
なんでもっと早く知らなかったんだろうと。
それが気付けば、あれからもうすぐ3年。
その間に沢山応援させてもらいました。
羽生結弦を応援することは、
楽しく、時にしんどく、実に幸せな時間でした。
だから羽生くんにはもう、自分だけを見て自分の思う道を思う通りに自由に進んでほしいんです。
自分の幸せのために。
本心でそう言いながら、こうも思うのです。
羽生くんにとっての幸せは夢と同義なのかもしれないと。
夢があるから。
幼い頃から描く夢が。
幾千時間幾万時間も積み重ねてきた夢が。
今も続く夢が。
その夢を叶えてほしい。
そこには羽生くんの笑顔と幸せがきっとあると思うから。
つまり、願いはとてもシンプルです。
26歳の羽生くんの夢が叶いますように。
2020/21グランプリシリーズ欠場・雑感
気付けばもう9月ですって…。
この4カ月、変わらず私は何の変化もないが、
羽生くんは変わらず歩みを止めることなく大きな前進と決断をした日々だったようだ。
(卒論完成おめでとうございます‼︎泣)
リアルタイムの情報が入ってくることは少なく、
“白壁通信”ーーいやほんとに、最初に名付けた人、天才では?
今や全羽生ファンが次の更新を待ち望む“白壁通信”。
私も、お髪の具合やお肌の色ツヤを確認しながら羽生くんのメッセージを噛み締めることができる日を心待ちにする、という新たな生きる楽しみを得た一人だ。
そんな、婆や心が満たされる日々の中、これで暫くは更新はお休みかな…と思う白壁通信が届いた。
羽生結弦、今季GPS欠場の報せ。
正確には書面での報告だったわけだが、
私はその書面に、いつもの白壁の前にちょこんと座って、静かに優しく語る羽生くんの姿を見ていた。
まずは、驚いた。
そして、怪我や病気じゃないことに安堵した。ほっとした。でもやっぱり物凄く悔しかった。残念だった。でも考えれば考えるほど賢明な判断と思えた。羽生くんの葛藤と深慮と勇気に涙した。
そして今、未来を見ている。
どこまでも広く、どこまでも細やかに、どこまでも先を見通す羽生くんの目が見ているものを信じて。
今が“どこか”に到達する道の途中なんだと信じて。
その“どこか”で羽生くんが笑顔でいてくれる未来を見ている。
幸い怪我でも病気でもなく、休養でもなく、“大事にしているのはアクセル”というほど4A習得への練習もしている中での、GPS欠場
。
およそ幼稚な言葉を並べ立てて思いつく限りの悪意をふりまいているんだろうね…(おもに国内の、おもにTwitterで…)
アスリートには試合に出る自由も出ない自由もあっていいはずだ。
大事なのは、自分が今置かれている状況で何を優先すべきかを見極め実行することだ。
どのような状況に置いてもアスリートの選択が、
そのためにも、トップ選手である羽生くんの決断は大きな意味のあるものになったと思う。
もう一つ、今回改めて考えたことがある。
それは“選手ファースト”について。
羽生くんが欠場を明らかにしたのはGPシリーズのみ。
順当に考えれば復帰は全日本になるのだろうか。
まあ全日本でなくともとにかく、次に羽生くんが試合に出る時、それは、昨季四大陸選手権ぶりの試合になるわけだ。
具体的に言えば、四大陸ぶりの羽生結弦のスケート、羽生結弦の生の動く姿、羽生結弦の生の声、羽生結弦の新プロ?新衣装?、羽生結弦の生の黒い子〜時に白ジャスをはためかせて〜、羽生結弦の生の美body、羽生結弦の生の…以下割愛、なわけだ。
羽生結弦成分枯渇による飢餓状態の反動で、より一層、羽生結弦の一挙手一投足、一笑顔一美姿に全世界の目が注がれるのは想像に難くない。
もちろん、私もそんな目を注ぐ、間違いなく。
だから自戒を込めて。
羽生くんは空港に姿を現す瞬間から沢山のカメラとボイスレコーダーを向けられ沢山の人に囲まれる。
向けられる目の数だけ羽生くんを疲弊させてしまってはいないだろうか。
過多とも言える供給も過多な需要があるからならば、ファンとしての自分の在り方を見直すべきではないか。
羽生くんはアスリート。ならば、表現すべき場所は試合。スケーターなら氷の上。
言葉だって羽生くんは試合後しっかり届けてくれる。いつだって、現地のファンもお茶の間のファンも心に留めてくれている。
羽生くんが自ら発信してくれるものを待てる人間になりたいと、今強く思う。
また、
今年の24時間テレビでの羽生くんの言葉。
少しの不安もなく少しの心配もなく
自由に演技して自由に声を出して
自由に笑える自由に泣ける
そんな日が来ることを願っています」
私も“そんな日”が来ることを願っている。