始まりはセンチメンタル〜FaoI非公開リハ回想1〜
正直に言うと、私は少し悲しくなった。
そんなつもりじゃなかったのに、何だか少し悲しくなった。
Fantasy on Ice2019幕張2日目の話である。
いつの間に2週間もたったのか。
今年のFaoI羽生のあまりの殺傷能力の高さによりこちらの生活能力がその機能を果たせなくなっている間に、もう神戸が始まってしまった。羽生君はシンジになった。
記事の鮮度・世の流れというものを全く無視した形ではあるが、覚書として今更ながら書いてみようと思う。
正確には、幕張2日目非公開リハーサルの話である。
信じられないことだが、目の前を、本当に目の前を羽生君が滑っている。
手を伸ばせば届きそうな距離を、「シュッ!パッ!」と言いながらリンク端を滑り綺麗な横顔の残像を残して通り過ぎていく。
そしてまた目の前に。
こんな経験をさせてもらえたことには感謝しかない。最高の時間だった。
羽生君、ジョニー、ランビエールさん、P&G様、スタッフさん、ありがとうございました。
最高に幸せだった。
と同時に私は、悲しくもなった。
分かりきっていた羽生君との遠さを実感して勝手に悲しくなった。
手を伸ばせば届きそうな距離、だがしかし届かないのだ。当たり前だ。
氷の上は絶対不可侵。聖域だ。そもそもが、手を伸ばすことが許されない場所なのだ。
近いけど遠い。近いけど現実感がない。
目の前を通り過ぎるたびに記憶を消されるんじゃないかという感覚に陥る。
目に焼き付けなきゃ、と気持ちが焦る。
その姿を必死に追う。
それでも記憶を消されてしまうならば永遠に見ていたい。
白くクリアな肌を。
音楽がかかっていないから聞こえる滑る音、エッジが氷を削る音を。
滑らかなスケーティングを。
何度も何度も4回転ルッツに挑む様を。
気持ち良さそうに滑る顔も、悔しそうな顔も。
だが夢の時間には終わりがくる。
最後は「バイバーイ!」と軽やかに去って行く。
その途端、必死に目に焼き付けようとしたものがスルスルと消えていってしまいそうで、こわくて、全て消えてしまわないようにせめて文字にと、慌てて書き起こす。
でももはやそれは、あの時のリアルではない。ただの文字でしかなく、時間がたつごとにまたどんどん遠くなる。
あの時間は現実だったのか。夢だったのか。
煩雑な現実世界にいる身には、今となっては、やはり夢だったのかもという気持ちになる。最高に幸せで少し悲しい夢。
ただ手元に残してもらえた写真だけが、現実だったんだよと伝えてくれる。
悲しいと言っておきながらなんだが、写真の中の私は笑っている。めっちゃ笑っている。なんなら自分のこんな笑顔見たことないというくらい笑っている。
みんなも笑っている。
羽生君も笑ってくれている。
この一瞬は間違いなく現実だった。
最高に幸せな現実だった。
きっと少しの悲しさは胸の奥にあり続ける。
なくなることはないだろう。
だが羽生君が存在し彼のスケートを見ることができる今この現実を堪能しようと思う。
羽生君のスケートに思う存分浸りたい。
精一杯の応援を届けたい。
羽生君のスケートが大好きだから。
少しの悲しさに目を向けるのはまだまだ先でいい。